ホップの主要産地といえば、ドイツのハラタウ地方やアメリカのオレゴン州に代表されるような冷涼な地だ。
温暖な九州はホップの栽培に適さない。
……きっと誰しもがそう思ったに違いない。
宮崎県延岡市にあるクラフトビール醸造所、宮崎ひでじビールでは2016年から本格的にホップの栽培をしている。
温暖な気候の上に、台風の被害も受けやすい宮崎県でなぜホップの栽培に取り組むのか。
それはひでじビール社員全員に共有された理念、「Think Global, Brew Local」地元宮崎の風土を最大限に生かし世界で愛されるビール造り、にあった。
ひでじビールは地元の一次産業の活性化を目指し「宮崎農援プロジェクト」として「宮崎日向夏ラガー」「宮崎きんかんラガー」などの、地元の農畜産物を積極的に使ったビール造りに力を入れてきた。
それには「いつかオール宮崎のビールを造りたい」という想いがあった。
「YAHAZU PILSNER(やはずピルスナー)」は、構想10年。
まさに、オール宮崎の願いを叶えるためのビールだった。
すべての原料を宮崎産で造るためのステップ
ひでじビールでは、行縢山の地下湧水を使いビールを造る。
酵母は、独自の酵母バンクを持ち自家培養したものを使用している。
「オール宮崎」の実現のためにまず取り組むべき課題は、麦芽の製造であった。
日本国内には小ロット加工が可能な製麦工場が少なく、コストが高くつくのが現状だ。
多くの醸造所ではドイツや英国の輸入麦芽を使用してビールを造っている。
ひでじビールでは、宮崎の契約農家で栽培されたビール大麦を自分たちの手で麦芽に加工している。麦芽の製造に使用する専用機械も、宮崎のメーカーと共同開発した。
仕込みの直前に製麦、粉砕した麦芽を使用することにより、より一層麦の香りが際立つビールとなった。
驚くことに、増設したタンクまでも宮崎県産だ。
延岡市は日本有数の工業都市だ。それに関連し高い金属加工技術をもつ会社がいくつもある。
醸造用タンクの製造技術は、主に日本酒の醸造が盛んな北日本に集積している。
九州では醸造用タンク製造の実績がなかったが、地元鉄工業者の協力の下、培われてきた金属加工技術力を背景に、延岡産ビールタンクの製造が実現した。
こうして、ビール造りには欠かせない麦芽・酵母・水の3つを宮崎県産のものを使用した「YAHAZU PILSNER」を2016年にリリースした。
現在は宮崎県内の飲食店のみで販売されている。
残る課題はホップであった。
南国でのホップ作りに挑戦
「オール宮崎」。それにはもう一つ足りないもの。ビールの魂ともいえるホップだ。
宮崎県産麦芽に成功したひでじビールは、2016年に次のステップとしてホップの栽培に着手した。
選んだホップは「カスケード」と「ナゲット」。
暑い地域だから選んだわけではないと言うが、比較的温暖な気候に適した品種だ。
宮崎県内3地域(延岡市北方町、高原町、五ヶ瀬町)にホップ圃場がある。
地元の農家と協力してホップの栽培をしている。とは言ってもホップを育てるのは初の試み。他のホップ農家や文献などから学び、手探り状態だったと言える。
それでも強い日差しや台風の被害をうまく避け、土の中ではホップの根が太くしっかりと育った。
多年生植物であるホップは、10年から30年くらいは同じ根株を使用できる。
通常ビールの原料として使用できるまでに成長するには、植え付けから3年はかかると言われている。
しかし宮崎県では2年目にして、海外産のホップに劣らないアルファ酸を持った立派なホップが収穫された。
宮崎県産ホップ100%の限定ビールはその年の「秋のむかばきビアフェスタ」で初蔵出しとなり、史上初の「宮崎産ホップ100%ビール」に地元の人からも称賛の声が上がった。
「3年目の今年は、麦芽の焙煎技術を応用してホップを乾燥させ、真空冷凍保存して、可能な限り新鮮な状態でビールに使えたらと思っています。可能であればウエットホップ(収穫したての生のホップ)のビールも造りたいです。まだ芽が伸び始めたばかりなので何とも言えないですが、順調に育っていると思います」と醸造担当の森さん。
4月下旬、早くもホップ畑では、新芽が人の膝上くらいまで伸び、やわらかく小さな葉をひらひらとそよがせていた。
宮崎県は本州より一足も二足も早く季節が巡る。ホップ畑での仕事も早く巡ってくる。
順調に育てば5月中旬には毬花の初期段階「毛花」が開花する。
収穫は本格的な台風の季節がやって来る前の、6月上旬から中旬にかけて行う予定だ。
「オール宮崎」の夢を乗せたホップの栽培をこれからも応援したい。