「九州でホップを栽培します。自然景観と調和がとれた農業と観光を実現させ、新しいくらしを提案します」
そう言われても「ホップは寒冷地で育つもの」という定石をご存知の方なら、首を傾げられることだろう。
その無謀とも思える挑戦に行政ぐるみで取り組み、成果を上げつつある町がある。
九州大分県竹田(たけた)市だ。
財産は豊かな自然
竹田市は大分県の南西部に位置する。
熊本県と宮崎県に接し、周囲をくじゅう連山、阿蘇外輪山などの山々に囲まれ、豊かな自然に恵まれている。
のどかな農村風景や、高原のパノラマ、市内全域に湧出する温泉など、多様な自然資源が市の財産だ。
とはいうものの、若者の流出と農家の高齢化は、全国の農村部同様に深刻な課題だった。
それでも同市には「豊かな自然環境自体がおもてなしになる」という強みがあった。
2014年、キリンビールが新商品の発泡酒「KIRIN off white(キリン オフホワイト)」の、“自分らしく過ごしたいオフタイムに心地よい気分をお届けする、軽快でフルーティーな発泡酒。”のブランドイメージに合うロケーションとして、同市を選んだ。
まさに「自然に寄り添った丁寧なくらし」を実践してきた同市にぴったりであった。
商品の販売終了後も、キリンビールとのパートナーシップ協定は継続され、ビールの原料であるホップの栽培に挑戦することになったのだ。
しかし温暖な気候であるはずの九州で、ホップの栽培は可能なのだろうか?
市の農政課ブランド推進室の下田哲照さんに質問を投げかけた。
「竹田市は高冷農地が多く、九州でありながら東北地方にも近い気象条件です。
ホップ栽培の検証には標高500~800m前後にある3カ所の圃場を選びました。九州でホップの栽培ができるのか、3年かけて生育状況を観察しています」
このプロジェクトをサポートしているのは岩手県の遠野市だ。
遠野市は日本のホップの産地として知られ、キリンビールにもホップを提供している。
最高の“師匠”を得たことで、九州でのホップ栽培への挑戦がスタートした。
東北に似た気候の高地でホップ作りを開始
2016年10月に「九州竹田市産ホップ研究会」を立ち上げた。
会長は、圃場のひとつである「くじゅう花公園」の代表取締役である塩手亨さんだ。
アドバイザーには、キリンビールのマーケティング部部長、遠野ホップ農業共同組合長、遠野市役所農林畜産部の職員、友好都市として長年交流のある宮崎県延岡市の宮崎ひでじビール代表取締役が就いた。
翌年の2017年4月20日に「ホップ栽培検証開始式・研修会」を行い、久住、荻、長湯の3か所の圃場で栽培実証を開始した。
育てるホップは国内で開発された「IBUKI」だ。
アドバイザーの協力のもと、1年目にして立派なホップ棚を作ることができた。
2年目となる今年は、今期の栽培の始まりとなる「株開き」と「株こしらえ」を4月頭に行った。
順調に生育し、5月下旬には1.5mほどの高さに蔓が伸びた。
「今年は1月の雪が多くて、株こしらえが遅くなってしまいました。でも3月~4月の高温、好天もあり昨年より成長が早いようです。この調子でいけば、収穫は7月下旬から8月上旬になるのではないかと見込んでいます。まだ栽培検証の段階ですので、良いことも悪いこともしっかりデータを取り、翌年につなげていきたい」
と、九州竹田市産ホップ研究会会長の塩手亨さん。
「ホップは多年性植物で、通常ビールの原料として使用できるまでには、一般的に植え付けから3年ほどの期間を要します。2年目の今年は、根株を大きく強いものにすることに力を注いでいます。ホップが収穫できたとしても少量でしょう。でもみんなで大切に育てた作物ですので、初摘みホップでビールを造り、イベント等でお披露目ができればと思います」
塩手さんの展望は明るい。
丁寧に、丁寧に、ホップ栽培に向き合う竹田市。
同市の思い描く未来はもっと壮大だ。
竹田市のくらしを日本中に伝えたい
竹田市は、高地が多く自然が豊かという地理的条件を生かし、ホップを栽培することで、景観と調和のとれた農業を目指している。
くじゅう連山を背景に、青々としたホップの棚が広がる様はさぞかし美しいことだろう。
九州竹田市産ホップが日本全国に知られるようなり、さらにはその背景にある豊かな自然や農業、さらには「こころ豊かな田舎くらし」まで伝えたいというのが同市の願いだ。
「ホップ農園の見学や収穫体験、フレッシュなホップを使ったビールの試飲など、観光にもつなげていけたらと思います。ぜひくつろぎにいらしてください」
と塩手さん。
夢の第一歩となるホップの栽培を、今後も見守っていきたい。
竹田市ホームーページ
https://www.city.taketa.oita.jp/
ホップを育む土地と人
【久住圃場(くじゅう花公園内)】
標高830m。作付け面積約600m2。栽培本数約169本。
くじゅう連山と阿蘇五山を望む立地。くじゅう花公園の園芸スタッフが、花と共にお世話をする。
【荻圃場】
標高592m。面積約540m2。栽培本数約160本。
荻地区は祖母傾山系が背後に広がる水の町。31歳の若い農家、蓑田結城さんが栽培に挑戦する。他にもピーマンやミニトマト、里芋を育てている。
【長湯圃場】
標高488m。面積約540m2。栽培本数約160本。
くじゅう連山のひとつ、大船山の麓にある。水稲及び畜産(肉用牛繁殖)も手掛けるベテラン農家、馬場輝義さんが初めてホップ栽培に取り組む。