今年収穫した日本産ホップでつくったビールを楽しむお祭り

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【長野】信州奥地のオーガニック農園生まれ。高遠のPECCARY BEER(ペッカリービール)が自家製ホップのビールで切り開く道

ライター 山口紗佳

「PECCARY(ペッカリー)」

目がクリッとした毛むくじゃらの生き物。
ラベルに描かれたイノシシそっくりのこの動物「ペッカリー」は、北アメリカ中心に生息する野生のブタの一種で、名前には「森に道をつくるもの」という意味があるそうです。

このペッカリーをトレードマークにするペッカリビールがある場所は、長野県南部の伊那市高遠町。南アルプスと中央アルプスの3000m級の山々に抱かれ、天竜川流域に広がる「伊那谷」と呼ばれる標高1000mの山間部にあります。

▲元寒天工場を改築した古民家がペッカリービールの醸造所

高遠というと、信州屈指の桜の名所として知られています。
山の雪解け水が天竜川に流れ込むころ、雪の残るアルプスを背景に、高遠城址公園内では1500本ものヒコガンザクラが名城を埋め尽くすように咲き誇ります。そんな風光明媚な高戸城址公園から車で、15分ほど北上した小さな集落が、ペッカリービールのふるさとです。

▲醸造所の周囲には、そば畑や田んぼが広がっている

「これを超える水はない」と思わせた天然水

 

「日本は資源がない国と言われますが、山林の多い長野県には動植物から作り出される『バイオマスエネルギー』が豊富にあります。中でも水のおいしさは格別。いつも飲んでいる天然水を仕込みに使っていますが、私はこれ以上おいしい水に出合ったことがありません。さらに、信州はおいしい農産物、野菜や果物、ハーブ、山野草なども豊かで、今年はりんごやブルーベリー、ルバーブ農家さんと協力して農産物を使ったビールも作りました」

「ヨーロッパのように湿度が低く、冷涼な気候も適しています」と、醸造環境としての高遠の魅力について話してくれたのは、ペッカリービールの醸造責任者である林 亮氏。

林氏は、2018年に誕生したペッカリービールをはじめる前から有機農園「ORGANIC FARM88」を経営しています。宮城県出身でおいしいものに目がなかった林氏は、おいしさを追求していくうちに、「生命力あふれる野菜」に辿り着き、北海道のバイオダイナミック農園や神戸の有機JAS認定農園などで農業研修を積みました。そして2012年、南信州の高遠に有機農園を開園。今では年間約10万本ものズッキーニやトマト、季節野菜を農薬や化学肥料を使わない自然農法で栽培しています。

▲バイオダイナミック農業研修や有機JAS認定農園勤務などを経て、自社農園を開園したブルワーの林氏

化学農薬や化学肥料が人体や環境に及ぼす影響を考え、オーガニックや自然農法にこだわる林氏は、農作物と密接につながるビールにもその思想を取り入れています。

「ホップや大麦も完全無農薬、無化学肥料で家畜糞も使用せず、醸造工程で出るオーガニックのモルト粕のみの『バイオダイナミック農法』で栽培しています。ホップはカスケードやかいこがね、チヌーク、センテニアルなど8種類で50株ほど。栽培3年目の今年になって、ようやくビールを仕込める量が収穫できました。収穫量を増やして、将来的には完全自給を目指しています」

「バイオダイナミック農法」とは、すべての生命は地球のみならず、宇宙の営みからも影響を受けるという思想から、月の満ち欠けや天体の運行に合わせて農作業を行う伝統的な有機農法のひとつ。天体の動きが気候や土壌に与える影響をはかって1時間ごとに刻まれた特殊なカレンダーに合わせて種まきや施肥、収穫を行うものです。
古くから農民の間で迷信のように受け継がれていた農事歴ですが、長年にわたる世界各地での実証実験の結果、研究者によって高い効果が報告されて評価を受けるようになった農法です。

▲ある年に植えたズッキーニでの大失敗から、バイオダイナミック農法に着目

林氏はビールづくりでも原料の土づくりから意識。
醸造で出た麦やホップの搾り粕を畑で使う堆肥や自然放牧しているブタの餌にするなど、農業とビール醸造が循環する「バイオダイナミックビール」をつくっています。醸造に関しては、島根の石見麦酒や宇都宮の栃木マイクロブルワリー、駒ヶ根市の南信州ビールで学びました。

自家製カスケードで仕込んだ、バイオダイナミックペールエール

▲収穫直後のカスケードやシトラをアロマホップに使い、ペールエールを醸造

こうして8月上旬、醸造所近くの畑で収穫したホップは収穫後わずか10分で煮沸釜に投入。
定番銘柄の「ジェフ・ペールエール」と「フィオナ・ハニーペールエール」にアロマホップとして使い、9月に伊那で開催されたシードルとクラフトビールのイベント「泡フェス」で提供されました。これまでと違い、穏やかで品のあるシトラの香りが印象的だったとか。

「日本酒では立春に初しぼりを出し、おめでたい新年にもお酒があり、新年や新酒を祝います。ワインにもボジョレーやヴィンテージなど、醸造タイミングを意識した思想があり、両者とも米やぶどうの品種の特徴が強く出ていて、産地や品種、造り手はラベルに表示されます。ところが、ビールではそういった意識があまり浸透していませんよね。それを残念に思っていたので、新ホップを祝ってみんなで楽しむというFHFの考えに共感しました」

産地や品種、地域性ごとに区別するテロワールやヴィンテージの思想をフレッシュホップフェストに感じとった林氏は、いずれ地元の伊那や諏訪でもフレッシュホップを祝う流れができるようにホップや大麦の栽培を続けています。

残念ながら、350L仕込んだフレッシュホップビールは終売してしましたが、今後も地元の農作物やオーガニックビールを通じて、山と土の恵みで循環するブルワリーがペッカリービールの目指すところ。林氏がほれ込んだ水を育む森を守ることも、その循環の輪に入っています。

「山に降る雨水や雪は時間をかけて地下に染み込み、土壌から溶け込んたミネラル成分を含む湧水として、私たちや田畑を潤しています。そんな森の恵みである水を仕込みに使っているので、森にお返しする意味を込めて、水源を携える森林をきちんと整備していくことも計画しています」

先人から学びつつ、自然に敬意をもって上伊那奥地の森から道を切り開いていく姿が、ペッカリーの姿に重なります。

※なお、本物のペッカリー(クビワペッカリー)は上野動物園や伊豆シャボテン公園、神戸どうぶつ王国で見られるようです。

DATA

PECCARY BEER(ペッカリービール)
ブランド名:PECCARY BEER(ペッカリービール)
所在地:長野県伊那市高遠町藤沢
醸造開始日:2018年秋
HP:http://www.peccarybeer.com

ライター

1982年愛知県出身、大分県在住。中央大学法学部卒業。
名古屋で結婚情報誌制作に携わった後、東京の編集プロダクションで企業広報、教育文化、グルメ、健康美容、アニメなど多媒体の編集制作を経て静岡で10年間フリーライターとして活動。現在は大分から九州のビール事情をお伝えします。

【制作実績】
フリーペーパー『静岡クラフトビアマップ県Ver.』、書籍『世界が憧れる日本酒78』(CCCメディアハウス)、雑誌『ビール王国』(ワイン王国)、グルメ情報サイト『メシ通』(リクルート)
【メディア出演】
静岡朝日テレビ「とびっきり!しずおか」
静岡FMラジオ局k-mix「おひるま協同組合」
UTYテレビ山梨「UTYスペシャル ビールは山梨から始まった!?」
静岡新聞「県内地ビール 地図で配信」「こちら女性編集室(こち女)」

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