沖縄で初めてホップの収穫に成功!一年中収穫ができる可能性も?
ビールに独特の苦味と香りをつけるホップ。ホップは涼しい地方で栽培されるものだと思っていませんか?
2021年よりオリオンビール株式会社と琉球大学がタッグを組み、沖縄県でホップの研究栽培を開始、2022年8月には約30kgのホップを収穫することができました。
沖縄県のような高温多湿の亜熱帯気候の環境でもホップの栽培は可能なのかということと、沖縄県産ホップの未来について、オリオンビール株式会社の樫原忠さんと琉球大学農学部の川満芳信教授にお話をうかがいました。
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ホップは涼しい地方でしか栽培できない?
沖縄県は、黒潮が流れる暖かい海に囲まれており、高温多湿な気候が特徴です。
最も寒くなる1月の平均気温は17度。夏と冬の気温差が小さく、また1日の昼夜の寒暖差も大きくありません。1年を通して温暖な気候のため、どの季節もビールがおいしく、ビール好きの私たちには最高の旅行先です。
一方、ホップの原産はヨーロッパであり、涼しく乾燥した環境での栽培が適しているといわれています。日本におけるホップ生産量の上位を占めるのは、岩手県、秋田県、山形県など昼夜の寒暖差が大きい東北地方であり、高温多湿な沖縄県の気候とは真逆の地域です。
沖縄県でしか造れないビールを造りたい
そんな沖縄県でホップ栽培に挑戦しようとしている人たちがいます。その1人であるオリオンビール株式会社R&D部 ビール商品開発部長の樫原忠さんに、沖縄県でホップ栽培に挑戦したきっかけについてお話をうかがいました。
ビールは主に大麦麦芽、ホップ、水の3つの原料で造られています。オリオンビールでは3つのうち、創業当初より、水はやんばる(沖縄本島北部)の軟水を使用したおいしいビール造りを60年以上に渡り続けてきました。近年では、沖縄県伊江島産の大麦を使用したビール造りを進めており、これから迎える循環型社会への適合に向けて、さらには沖縄県における農業の活性化につながる何かができないかと模索を続けておりました。
もうひとつの原料であるホップ、ビールの魂であるホップを沖縄県で栽培することができれば、沖縄県産作物に新たな風を吹き込み、「沖縄県産の原料で造る沖縄のビール」ができると考え、ここから沖縄県におけるホップ栽培への挑戦がスタートしました。
ホップの栽培にあたっては、以前から大麦の栽培などで連携していた琉球大学の川満教授にお願いしました。
ホップ栽培のキーワードは「光合成」
樫原さんと一緒にホップ栽培に挑戦した、琉球大学農学部亜熱帯農林環境科学科の川満芳信教授にも話をうかがいました。
私の専門としている分野は「作物生理学」といって、作物の生理機能である光合成や呼吸、栄養、環境などに対する作物の反応を研究するものです。特に光合成について長く研究を続けており、光合成の値を測ることで、その作物の特性やコンディションを把握することができます。
樫原さんから沖縄県でのホップ栽培について提案があった際、「涼しい地方で栽培されているホップが沖縄県の気候でうまく育つのか?」といったことや、「沖縄県の冬であれば、東北の夏と同じような気候なので、ホップにとっていい環境なのでは?」など、いろいろと考えました。
そこで、まずはホップを夏の暑さから守るためにビニールハウスで栽培し、光合成の値を測定してホップの特性について調べてみることにしました。
ホップの苗は京都与謝野ホップ生産者組合から購入し、その際に私も与謝野に赴き栽培方法について教えてもらいました。
そして、2021年に沖縄県でホップを栽培した結果、いろいろなことがわかってきました。
沖縄県で栽培している代表的な作物としてサトウキビがあるのですが、サトウキビは「C4植物」といって強い光を好み、強い光を受けて光合成を行います。
一方、ホップは強い光にストレスを感じて光合成をする力が弱くなる「C3植物」なのですが、栽培したホップの光合成の値を調べると、沖縄県の晴れた日の光の強さでも衰えることなく光合成をすることがわかりました。
通常、「C3植物」は強い光を受けると光合成をする力が緩やかに横ばいになります。しかしながら、ホップは「C3植物」でも、サトウキビと同じように強い光でも光合成をすることがわかったのです。
この結果を受けて、2022年はホップをよりいい環境で栽培するために以下の工夫を行いました。
- 暑さを避けるため、植え付けを3月に前倒しした。
- 与謝野では、ホップに光が当たる面積を増やすために誘引紐を斜めに設置していたが、沖縄県の光は強いため、誘引紐を真っ直ぐに設置し、光が当たる面積を小さくした。
- 潅水(かんすい)装置を設置して、ホップにストレスを与えないような水分管理を行った。
これらの工夫と栽培面積を増やした結果、2021年は30グラムだった収穫量が、2022年は目標の10キログラムを軽く超え、30キログラムに迫る勢いで収穫することができました。
また、5種類のホップの光合成の値を測ることで、光に強いホップの品種、また弱い品種の傾向がわかってきたのです。
ホップ栽培の堆肥にビール粕を使用
オリオンビールでは、2020年から大麦を栽培する際の堆肥として「ビール粕」を使用しています。「ビール粕」は、ビールの製造過程で発生するもので、家畜の飼料として活用されることもありますが、そのままの状態では産業廃棄物として処理されることになります。
実は、沖縄でのホップ栽培にもこのビール粕が使われています。樫原さんにホップ栽培で使用したビール粕についてうかがいました。
2021年にホップを研究栽培するにあたって、川満教授にはビール粕の堆肥を最大限活用してもらうようにお願いしました。それが他府県のホップ栽培とは少し違う部分で、ホップの生育に好影響を与えていると考えています。
オリオンビールではビール粕を堆肥として、ビールの原料となる大麦を栽培し、収穫された大麦でビールを造るという「完全循環型のビール造り」を行っています。ゆくゆくは、沖縄県で栽培されたホップでビール造りをする過程で発生する「ホップ粕」を堆肥にしてホップの栽培をすることで、ホップにも環境にも優しいビール造りを目指しています。
沖縄の気候だからこそ!一年中ホップの収穫ができる可能性とは
1年を通して温暖な気候だからこそできる、沖縄におけるホップ栽培の可能性について川満教授にうかがいました。
京都与謝野ホップ生産者組合のホップ圃場を見学した際、案内をしてくださった藤原ヒロユキさんに「ホップは収穫後、蔓を剪定し、株をそのままにしておくとまた次の春頃に新芽が出てくる」と聞きました。
でも、沖縄の場合は違いました。気候のせいなのか、収穫後、時間が経たないうちに土の中から新芽が出てきたのです。まだ詳しくはわかりませんが、このまま育つと一年中収穫できる可能性があると考えています。現在、収穫後の蔓を剪定し、新芽の状況を興味深く観察しています。
しかしながら、生物学的に考えると作物は厳しい冬を越すことで、春に元気に芽吹くという習性があります。それが、1年を通して新芽が出てくることなると品質について疑問が残ります。ただ、まだまだわからないことが多いので、引き続き研究を続けていくつもりです。
ホップの品質でいうと、気候の違いがビールの香りや苦味のもととなるルプリンに影響するのかについても興味があります。涼しい地方で栽培されるホップと高温多湿の沖縄で栽培するホップにルプリンの違いがあれば、それが沖縄産ホップの個性になるのだと思います。
沖縄県産ホップを使用したビールまであと少し!
ホップの株は、春がくるのを土の中でじっと待ち、春の訪れとともに新芽が一気に顔を出します。そして、夏に向けてぐんぐん蔓を伸ばし、あっという間に5メートルを超え、8メートルほどの高さまで成長します。
ホップが生命力の強い作物であることはわかっていましたが、今回、沖縄県におけるホップ栽培について話を聞いて、ホップは高温多湿の環境下でも葉の声を聞き、気候に応じた工夫をすれば元気に育ち、また気候によっては通年栽培の可能性まであるということがわかり、ホップの未知なる可能性に驚かされました。
今後、研究が進む中で、産地によるホップの成分に違いがあれば、品種は同じものでも苦味・香りの異なる沖縄県ならではのホップを使用したフレッシュホップビールが楽しめることになります。
沖縄の風に吹かれながら、沖縄県産ホップを使用した沖縄でしか造れないビールを飲める日がもうすぐそこまで来ています。