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コラム

ホップ栽培、バジェットとリターンのお話

ホップの棚の設置にはいくらかかるのか?

前回のホップコラムでは、「ホップの肥料」にかかる費用、特にその高騰化について書きました。

肥料を多く必要とし「肥料食い(ひりょうくい)」と呼ばれるホップに関して”肥料
の値上がり”は深刻な問題です。

しかし、そもそも「ホップ栽培」を始める場合には初期投資が必要です。

まず、【棚】を立てるのですが、その費用はいくらくらいなのでしょうか?

今回は赤裸々に数字を公表してお話ししたいと思います。

まず、私の圃場ですが、全体で20アール弱あり、75mx21mのエリアにホップ用の棚が立っています。

作付け面積は約1,500平米、15アール、一反五畝(いったんごせ)ということになります。

この15アールに、高さ5mのポールが135本(バランスを取るための周辺ポールも含む)が立っていて、200株ほどのホップが植えられています。

2025年6月6日のホップ畑

私のホップ畑の図面

棚の施工は果樹園などに棚をつけることを専門とする業者にお願いしました。

費用は税込で420万円(以下、1,000円未満を四捨五入)でした。
ちなみに2019年の3月だったので消費税は8%ですが、今ならば10%なので433万円となります。

420万円のうち資材費が232万円でしたが、ネットで検索した結果「現在の鉄鋼価格」が2019年の1.5倍なので、今ならば348万円はかかるでしょう。

人件費などの工事費や諸経費が上がっていなかったとしても(おそらくそこも上がっているとは思いますが……)、同じ棚を立てようとすると、今ならば総額は​​560万円(税込)を上回りそうです。

 

私のホップ畑の棚(支柱)の設置工事の見積書。2018年当時は消費税が8%だった。

資材費が232万円だが、今はさらに値上がりしていると考えられる。

支柱やアンカーを設置するために穴を掘る。

支柱を支えるベースプレート。

完成間近の棚の写真。

この棚はかなり本格的な物なので、単管パイプや木材などを使い工事も自ら行うなどして節約することも可能でしょうが、半額まで落とすのはかなり難しいのではないかと推測します。

高所作業車はいくらするのか?

ホップの棚は高さ5m〜6mあるので、【高所作業車】が必要です。
(ウインチで棚を下げる方式や、脚立で作業する地域もあります)

高所作業車は、デッキがせり上がる「リフト式」とゴンドラが上がっていく「ブーム式」があります。

新車だと、リフト式は100〜166万円、ブーム式は100〜290万円します。

リフト式高所作業車。さらに高く伸ばすこともできる。

Yahoo!オークションなどを検索すると中古の物も出回っています。
値段は10〜75万円とピンキリです。

メンテナンスなどのことを考えると信頼のおける店または人から購入しておいたほうが無難かと思います。

15アールの圃場の初期投資は、棚と高所作業車を合わせて660〜850万円ということになります。

私の場合、棚代の50%は補助金を利用し、高所作業車は町内の方からリフト式の中古車を購入したので、自己負担をある程度おさえることができました。

ホップでいくら儲かるのか?

さて、これだけの初期投資をしてホップ栽培はどれほどの収入になるのでしょうか?

与謝野では、ホップ農家は「京都与謝野ホップ生産者組合」に所属していて、収穫したホップは全て組合に納品します。

組合は、ホップを500gずつ真空パックしたのちに冷凍保存し、注文を受けると梱包して出荷します。

価格は1kg4,000円から始まり去年は4,800円になりました。
この販売価格から組合が管理費(真空パック機や冷凍庫の使用料、梱包資材量など)として20%をひき、80%を農家に支払います。

私の場合、最も収穫量の多かった年で190kg、悪かった年では100gk程度でした。
つまり、最も良かった年で60万円、悪かった年は38万円程度ということになります。

ここから肥料代や農薬代、高所作業車のガソリン代や草刈機の燃料代、農具や作業服代などを差し引くと50〜20万円程度が収入といったところです。
(棚代と高所作業車の減価償却が終わっていませんので、そのぶんを差し引くと「赤字」になる年も多いです)

3月から8月までの6ヶ月間で得る収入としては非常に低いと感じます。
時給に換算すると(ざっくりですが)350〜140円ということになっています。

正直なところ、専業ではやっていくことはできませんので、みなさん他の作物との兼業です。

なぜホップを栽培するのか?

このような条件にも関わらず、なぜホップ栽培を行うのでしょうか?

農家の皆さんにはそれぞれの思いがあります。

ホップやその畑の美しさ、摘み取る時の香り、出来上がったビールの素晴らしさ、さらにはホップを通じて与謝野町の魅力に接してもらいたい。
などなどです。

私個人としては、ホップのツルがすくすくと伸び、大きく香りの良い毬花が実る風景を見る喜びと、日本らしいビールを創るために日本産ホップが必要だという思いがあります。

6月11日のホップ(チヌーク)

持続可能なホップ栽培のためには?

現在、巷では「米騒動」とまで言われる状況になっています。

実は、私のホップ畑も以前は水田だったのですが、そこから採れる米の価格は12〜15万円程度とのことでした。

ホップの5分の1〜3分の1です。稲作農家の時給は100円をきっているとも言われます。

ですから、稲作農家の方々は1ヘクタール〜1.5ヘクタールの水田を耕作しています。
それが可能なのは耕運機や田植機や稲刈り機があるからです。

しかし、これらは全て非常に高額で多くの農家が共同購入しています。

私の近隣では5軒の農家が共有していて、各農家は年間15万円程度の返済をしていると聞いています。

これは個人的な意見ですが、米は5kg4,000円以上したとしても高くはないと思っています。

もちろん、流通などの問題点を精査する必要はあるとは思いますが、農業を持続可能な産業にするには、米の価格はもっと高くあってもよいかと感じます。

ビールは主食ではない(私にとっては米以上に重要なものかもしれません)ですが、生活を潤すために必要なものであり、その原料であるホップや大麦を枯渇させるわけにはいきません。

ホップ栽培を持続可能な産業にするための工夫が必要だと考えています。

づづく

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ビール評論家・イラストレーター・ホップ生産者

1958年、大阪生まれ。大阪教育大学卒業後、中学教員を経てフリーのイラストレーターに。ビールを中心とした食文化に造詣が深く、一般社団法人日本ビアジャーナリスト協会代表として各種メディアで活躍中。ビールに関する各種資格を取得、国際ビアジャッジとしてワールドビアカップ、グレートアメリカンビアフェスティバル、チェコ・ターボルビアフェスなどの審査員も務める。ビアジャーナリストアカデミー学長。著書「知識ゼロからのビール入門」(幻冬舎刊)は台湾でも翻訳・出版されたベストセラー。近著「BEER HAND BOOK」(ステレオサウンド刊)、「ビールはゆっくり飲みなさい」(日経出版社)が大好評発売中。

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