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【前編】この乾杯を、待ちわびて。1万6千人が熱狂したホップの里へ【遠野ホップ収穫祭2025】

ホップの一大産地、岩手県遠野市で毎年8月に開催される「遠野ホップ収穫祭」。
遠野がホップグリーンに染まるこの季節、生産者と醸造家と飲み手が一体となり、その年の収穫を祝います。実際にホップに触れ、香りを感じ、おいしいビールと地元食材、「遠野の旬」を分かち合う贅沢な祝祭です。本記事では、今年初めて開催された金曜の前夜祭から土曜日にかけての現地の様子を3回に分けてレポート。

【前編】では前夜祭から祝祭の幕開けである「乾杯」セレモニーまでを。【中編】では熱狂の渦に包まれた会場の様子と、ホップの聖地である圃場訪問記。
そして【後編】では主催者やキーパーソンへのインタビューを中心に、この祝祭がなぜ日本産ホップの未来そのものにつながるのか、言葉から紐解いていきます。

プロローグ:祝祭への序曲、遠野の夜に寄せる期待

遠野ホップ収穫祭_看板

遠野駅前の看板。ここから祝祭が始まる

8月22日金曜日の午後、人の波とアスファルトの熱気が渦巻く東京駅から東北新幹線に飛び乗り、岩手・新花巻駅に降り立ったのは17時半。在来線に乗り継ぐために駅舎を出て、思わず息をのみました。涼しい!

東京や九州の湿気を含んだ熱風とはまるで違う、乾いた涼やかな風が頬を撫でます。「ああ、東北に来たんだ」と実感する瞬間です。

部活帰りの学生がまばらに乗るJR釜石線に揺られて約1時間。
茜色の空はいつしか深い藍色に変わり、車窓には美しい田園風景と、どこまでも続く山々のシルエットが流れていきます。遠野駅に着いた19時ではもう真っ暗。筆者の住む九州ではまだ黄昏時なのにと、時間の流れ方の違いに旅を感じずにはいられません。

ホップ収穫祭_前夜祭

今年初めて開催される金曜日の前夜祭。ファミリーや地域住民で賑わう

駅前に掲げられた「遠野ホップ収穫祭」の看板に胸が高鳴らせ、ウインクするカッパがモチーフの駅前交番に微笑みながら会場へ。街灯はまばらで聞こえるのは秋の虫の音だけ。この先でビールイベントが開かれているとはにわかに信じがたい静けさです。都会の喧騒とは無縁の静寂と、郷愁を誘う町並みに一瞬で心を奪われてしまいました。

バルーンライトの灯りを目印に駅前から徒歩5分ほどの会場に足を踏み入れると、そこにはなごやかであたたかい時間が流れていました。

メインテントではアーティストの音楽ライブやパフォーマンスが会場を盛り上げる

遠野ホップ収穫祭_ブース

遠野市にあるブルワリー3社とキリンビール(スプリングバレーブルワリーを含む)が約30種類のビールを販売

今年初めて開催されたという金曜の前夜祭。
仕事帰りのスーツ姿のグループ、ベビーカーを押す家族連れ、犬の散歩がてらに立ち寄った地元の方々。それぞれが思い思いの時間を過ごしています。ステージでは心地よいセッションが響き、ビールのブースには人の列ができていました。

遠野ホップ2025_ステージ

地域おこし協力隊としても活躍中。インドの伝統的な太鼓「タブラ」の世界的奏者、タイ・バーホーさん(右)

涼風が心地よい外席について、記念すべき1杯目。
今年初出店のブルワリー「GOOD HOPS」の「Dear Ron」をいただきました。

遠野ホップ2025_1杯目

GOOD HOPSの「Dear Ron」、遠野産野菜の生産販売を行う「こんたでぃーの遠野」の「パドロンの素揚げ」

「Dear Ron」は、GOOD HOPSの醸造責任者でホップの研究者、「ホップ博士」こと村上敦司さんが、ニュージーランド産ホップ「ネルソンソーヴィン」の開発者であるRon Beatson博士への敬意を込めたペールエールです。ネルソンソーヴィン特有の香りを際立たせるために、ドイツ産ホップを空輸し遠野市内でルプリンを抽出してパウダーに加工。その一部をブレンドして使用したものといいます。白ワインやマスカットを思わせる上品な香りが鼻を抜け、長旅の疲れをやさしく癒してくれます。

遠野名物パドロンの素揚げは、猛暑で辛味が増したのか意外と激辛率高め!ヒーヒー言いながらビールで流し込む、この刺激もまた、祭りの最高のスパイスでしょう。ほどなくしてラストオーダーになったので、会場近くの遠野醸造TAPROOMへ。

遠野ホップ2025_遠野醸造

枝豆入りのポテサラも絶品

店内は、収穫祭目的で訪れた思われるグループや関係者、常連客でにぎわっていました。
評判通りビールもお料理もおいしかったですが、中でも名物「ラム肩ロースのたたき」が絶品!表面をさっと炙った人生初の生ラムは口に運んだ瞬間、私の知るラムの概念を根底から覆すほどの衝撃でした。臭みは一切なく、シルクのようになめらかな舌触りで上品な甘みと肉本来の旨みが舌の上でとろけていきます。

遠野ホップ収穫祭_遠野醸造

遠野醸造TAPROOMの名物「ラム肩ロースのたたき」。この味を求めて遠野に通いたくなる

祝祭は最高潮へ!五感で味わう土曜日の熱狂

翌23日の土曜日。わくわくして早く目覚め、9時に再び会場へ。

遠野ホップ収穫祭_設営

設営やオペレーション確認など、本祭スタート前に着々と準備がすすむ

夜の涼やかさとは一転して強い日差しが照りつけます。それでも、肌を刺すような関東や九州の暑さとは違う、どこかカラッとした空気。これならば一日屋外でも楽しめそうです。

まだ準備中の会場には、これから始まる熱狂を静かに待つ高揚感が満ちていました。

遠野ホップ収穫祭_写真

どの写真も、遠野の美しさと生産者のいきいきとした笑顔が印象的だ

テントに飾られたホップ畑と、そこで働く農家の方々の弾けるような笑顔の写真。この日のために一年間、汗を流してきた彼らは、一体どんな思いでこの祝祭を迎えるのか。そんなことを考えていると、胸が少し熱くなりました。ビールブースではスタッフが生ホップを飾り付けたり、ホップモチーフのランタンを吊るしたりと、細部にまでホップへの愛が溢れています。

デコレーションで使われていた大ぶりの鞠花はアメリカ品種の「ヴィスタ」、干ばつや暑さ耐性の強さでも知られている

遠野ホップ収穫祭_スタート

10時を過ぎると会場は一気に人で埋まり、テント席の開場を待つ人の列が

そして10時30分、遠野ホップ収穫祭2025がスタート!とりわけ目立ったのは物販ブースの大行列でした。

遠野ホップ収穫祭_ブローチ

隣に並んでいたキリンビール社員さんのホップブローチに惹かれて同じものを購入

こういう偶然の出会いもイベントの醍醐味です。
見たところ実用性の高いマフラータオルやコットンキャップが人気の様子。ホップピアスはスタッフをはじめとした会場内の女性の多くが身につけていました。
よく考えたら不思議な光景ですよね。

戦利品の数々。ホップ愛が止まらない、課金が止まらない

ビールやフードブースも一気に人が並び出しました。
テント席も屋外のテーブル席もほぼ埋まっていますが、通行も難しい混雑というほどではなく、時折涼しい風が通るおかげで屋外でも意外と快適に過ごせます。ふと自分の子供時代、30年前の夏ってこれぐらいの気候で過ごせたよなぁと思い出しました。
かつての日本の夏が、ここ遠野にありました。

ホップ収穫祭_屋外テーブル

レイアウトを変更し、スペースを拡大した会場もほぼ満席に

土曜朝から1番人気だったGOOS HOPS

今年5月に開業した「GOOD HOPS」で行列の整理をしていた株式会社Brew Goodの神山拓郎さん。ホップ生産者3年目にして、去年は遠野ホップ農業協同組合の中で最高収量を記録した期待の若手農家。GOOD HOPSの醸造にも携わっています。彼も遠野と日本産ホップの未来を担う人材、ブースで販売を担う奥様とご夫婦で収穫祭を支えています。

魂を揺さぶる盛大なオープニングで、待ちわびた乾杯を!

12時。オープニングセレモニーの始まりを告げたのは、遠野仙人太鼓による大迫力の演奏。


腹の底に響き渡る勇壮なパフォーマンスに会場の誰もが足を止め、固唾をのんで見入っていました。これぞ伝統芸能。身が引き締まるような凛々しさですした。

ステージでは、ホップ栽培歴20年以上のベテランにして遠野ホップ農業協同組合・安部純平組合長の挨拶に続き、この収穫祭を象徴する「ホップバトンパス式」へ。

地域おこし協力隊として遠野に移住し、ホップ農家を目指す若手3名が朝摘んだばかりのホップを手にステージへ

ホップは(左グループから)遠野醸造、キリンビール、遠野麦酒ZUMONA、GOOD HOPSの醸造家たちに託される

次世代のホップ農家を目指す地域おこし協力隊3名が、今朝収穫したばかりの瑞々しいホップをブルワーたちへと手渡します。2015年から掲げてきた「ホップの里から、ビールの里へ」というビジョンを象徴する光景。生産者の想いが、醸造家へと繋がる感動的な瞬間です。

醸造家の挨拶はGOOD HOPSのヘッドブルワー、村上敦司さん

主催者代表の挨拶は、田村淳一実行委員長

遠野ホップを使った「一番搾り とれたてホップ生ビール」を製造する仙台工場 醸造エネルギー担当の菊池慎次郎さん

“ 遠野の営業マン ”としても知られる多田一彦遠野市長

多田市長の挨拶は、もはや式典挨拶を超えたスピーチショー。
来場者とコール&レスポンスの応酬!まるで噺家のようなユーモアとサービス精神で会場を大いに沸かせ、来場者のボルテージも最高潮に。いわゆる「セレモニー」がこんなに盛り上がるとは!

農家、ブルワー、飲み手、それぞれのリスペクトと愛に溢れたひとときでした。

最後にキリンビールの堀口英樹社長が「ヒデキつながり」で『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』をBGMにサプライズ登場。オープニングセレモニーは予想を上回る大盛況ぶりで、この場にいる全員がこの瞬間を待ち侘びていたことを肌で感じられるものでした。

遠野ホップ収穫祭2025-サムネイル
こうして会場全員の大乾杯で、2025年の祝祭は盛大に幕を開けました。



次回、【中編】熱狂の渦と、緑の聖地へ【遠野ホップ収穫祭2025】に続く。

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ライター|編集者

愛知県知多半島出身、大分県大分市在住。
中央大学法学部法律学科卒業後、名古屋と東京の出版社・編集プロダクションで雑誌や広告、販促物の制作に携わり、2010年からフリーとして紙・WEBを問わず数多くのコンテンツ制作を担当。「ビール(クラフトビール)」「飲食」「生活」「地域」「教育文化」の制作多数。キャリア20年にわたる取材現場経験と行動分析学に基づくアプローチで、「思い」を汲み取り、行動心理に訴える表現をご提案します。
好きなビアスタイルはジャーマンピルスナー。

【ビール関連の実績】
書籍『日本のクラフトビール巡り 全国203ブルワリー集合!ビアEXPO公式本』
クラフトビールのECサイト「ビールの縁側」ブルワリーインタビュー
フリーペーパー『静岡クラフトビアマップ県Ver.』
書籍『世界が憧れる日本酒78』(CCCメディアハウス)
雑誌『ビール王国』(ワイン王国)
グルメ情報サイト『メシ通』(リクルート)
ブルワリーのウェブサイトやPR制作等、多数

【メディア出演】
静岡朝日テレビ「とびっきり!しずおか」
静岡FMラジオ局k-mix「おひるま協同組合」
UTYテレビ山梨「UTYスペシャル ビールは山梨から始まった!?」
静岡新聞「県内地ビール 地図で配信」「こちら女性編集室(こち女)」等

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